マイコビッチ、ネットアイドルへの道

五代目古今亭志ん生

 夜、テレビのチャンネルを回していたら(なんて言い方はもう古いのか・・・NHK教育で「知るを楽しむ」私のこだわり人物伝。という番組がやっていて、そこで山本晋也監督が古今亭志ん生について語っていました。漫才は大好きでよく見るのですが、落語はあまり見ません。興味はあったものの、今まで立川談志の口演を1度聞きに行ったくらいで、あまり触れ合う経験がなかったので、ちょうどいい機会だと思い、この番組を見ることにしました。

 まず、ビックリしたのが、山本晋也は監督やレポーター、コメンテーターという肩書きの他に、立川談志の弟子として「談遊」という名をもらっており、高座に上がることもあるとのこと。で、メインの古今亭志ん生については、色々なオモシロエピソードがありました。

・落語中に寝てしまった。
 (けれど、お客さんが寝かせてあげようとそのままにしてあげた。)
・8年もかかって憶えた噺がある(なんの噺だったか忘れちゃいました。)
・天ぷらやで冷やと熱燗を一杯ずつ頼み、熱燗はそのまま飲んで、
 冷やはごはんと天ぷらののった丼へかけて、酒茶漬けなるものを食べていた。
 (さすが酒好きの師匠!)

 そして、70歳を過ぎてもなお昼夜を問わず365日稽古に励んでいたそうです。プロですよね。いとしこいし師匠も志ん生さんとは少し違うけれど、プロだと思います。自分たちのやってきたこと(これはもう使命ですよね。)を70・80になるまで全うする。できる。そこまで尽くせることがある志ん生師匠やいとしこいし師匠がとってもうらやましいなぁと思いました。そして素晴らしい!!あ〜、いとしこいし師匠に重要無形文化財保持者になってもらいたいなぁ・・・どうしたらなれるんだろう。。


五代目古今亭志ん生(本名、美濃部 孝蔵。)
 
 1890年6月28日東京・神田生まれ。昭和の落語を代表する一人。
 息子に古今亭志ん朝がいる。三遊亭円盛に入門後、二つ目に昇進。
 後の4代目古今亭志ん生門に移籍後、真打に昇進。
 1939年に「五代目古今亭志ん生」を襲名する。
 「盛朝」から始まり、「古今亭志ん生」に至るまで改名18回!?
 これには諸説があるが、確かなのは志ん生が貧乏であり、
 借金取りから逃れるために改名していたとのこと。
 終戦直後あたりから勢いを増し、寄席はもちろんのこと、
 ラジオでの出演なども多くこなした。
 その軽快でじっくり聞かせる正統派の江戸前の落語は「名人」の名にふさわしい。
 主な噺は「火焔太鼓」「黄金餅」など。
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by maikovic | 2005-09-06 23:20