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直木賞

直木賞は、直木三十五の業績を記念した、大衆文学の新人に与えられる文学賞。(現在は特に新人かどうかには拘っていない。)文藝春秋社の菊池寛が1935年(昭和10年)に芥川賞とともに創設し、以降年2回発表されている。受賞は選考委員の合議によって決定され、受賞作は『オール讀物』に掲載される。2005年現在の選考委員は、阿刀田高・五木寛之・井上ひさし・北方謙三・津本陽・林真理子・平岩弓枝・宮城谷昌光・渡辺淳一の9名。

直木 三十五(なおき さんじゅうご、1891年(明治24年)2月12日、大阪市生まれ)は直木賞に名を残す小説家。本名は植村宗一。「直木」は「植」の字を分解したもので、「三十五」は年齢を元にしたもの。31歳の時に直木三十一の筆名で『時事新報』に月評を書いたのが文筆活動の始まりで、以降誕生日を迎えるごとに「三十二」、「三十三」と名前を変えていた。34歳の誕生日を迎えた時、本人は「直木三十四」と書いたのに、編集者が勘違いから「直木三十五」と書き直してしまったが、当の「直木三十四」氏はそれを訂正することはせず、それ以降、直木三十五から名を改めることはなかった。(他に竹林賢七などの筆名も用いている。) 直木は、父の反対を押して早稲田大学文科に入学したが、月謝未納で除籍。しかし、登校はし続け、卒業記念写真の撮影にも参加している。1929年『由比根元大殺記』で大衆作家として認められ、亡くなった翌年の1935年、文藝春秋社長・菊池寛により彼を偲んで直木賞が設置された。忌日の2月24日は、代表作『南国太平記』に因んで「南国忌」という。
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by maikovic | 2005-09-07 18:19